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音吉が永住の地としてシンガポールを選んだ5つの理由

音吉は150年前のシンガポールをなぜ終の棲家としたのか

シンガポールの足跡  Footprints of Otokichi in Singapore

1. 平和への願い
上海の英国デント商会で働く音吉にとって、アヘン戦争、そして太平天国の乱と続く中国内での戦乱体験は、祖国日本では考えられない事であった。
しかし、祖国日本への帰国の思いを断ち切らざるを得なかった音吉が、選んだ地はシンガポールであった。

Desire for Peace.
Otokichi felt an ardent desire for peace because, as a faithful employee of a British Dent & Co. in Shanghai, he witnessed the miserable conditions forced upon the people involved in the conflicts and wars in China such as the Opium war (1839-42) and the Taiping Rebellion (1851-64).
2. 日本の進むべき道
音吉は、祖国の鎖国政策がゆえに帰国を拒否された。そんな境遇にあってこそ、世界の動向を学んだ音吉にとっては、日本の進むべき道が、平和な開国と確たる国防の体制であることは明らかであった。
外にあって、自分が祖国に出来ることは何か、を思い続けたことであろう。

Model for Japan.
Japan had just opened its 260 years of closed doors to foreign countries in 1854, and Otokichi wanted to learn from Singapore the new way for Japan to grow as a modern country with peace and security.
3. 地理的優位性
大国英国に身を置く立場から、東南アジアの中心地としてシンガポールを適地と選んだことは、若くしてアメリカ、欧州への航海の中で身についた知恵であったと思う。
しかも、スエズ運河の大事業が1858年より着工され、完成が近づきつつあることは、ヨーロッパとの交易も視野に入れ、最適の地と考えたのでしょう。

Geopolitical Superiority.
Living and working in Macao and Shanghai for many years, Otokichi knew for sure that Singapore would become the center of Southeast Asia in the not too distant future. Furthermore, in the days of marine transportation, the location of Singapore was ideal for both the European and American merchants. The Suez Canal was to be completed in the near future (1858-69).
4. 自然環境の素晴らしさ
音吉は、ハワイへも幾度も訪問し、ふるさと小野浦に良く似た風景をどんなにか思ったことだろう。それに最も似ているのは、シンガポールであったと思う。
うしろに小高い山を負い、前は世界につながる海がある・・・・温暖で美しいシンガポールをこよなく愛していたことでしょう。

Natural beauty.
Like Hawaii where Otokichi must have stopped over as a crew of various merchant ships, the climate of Singapore was never severe all the year round and several ethnic groups of people lived in peace. Otokichi must have felt at home with the sea, hills, and friendly people there, which all reminded him of his home town of Onoura.
5. 妻の故郷
英国を祖国とする妻の親族と家族の幸せを考え、交易への夢とその拠点として、シンガポールを終の棲家としたのではないでしょうか。

Wife’s Home.
Otokichi wanted to make his family happy and he might have thought one of the ways was to organize a trading firm with his wife’s relatives in Singapore as it was a free port.


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